でこぼこへの愛

ふと気がつくと、晴れたら子供を連れて向うのは小石川植物園や、羽根木のプレーパークなどの広々として緑ゆたかで、駆け回れる場所。
でも、緑が多いとか少ないとかよりも、いちばん街の中の公園と違うのは、地面にでこぼこがあること、なんじゃないかと思うのです。

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整地された公園って、けがは少ないかもしれないけれど、なんだかつまらない、といつも思っていました。

 

そのことの本質を書き記してくれているのが、辻信一さんの対談集「ピースローソク」の中の1節。

「最近、その宮崎駿さんがこんな発言をしています。今の子供たちには元気がなくて、それがもう限界まできている。そこで、『保育園や学校の庭なんかでこぼこにしたらいいのに』って。なるほど、とぼくは唸りました。そしてこうも思った。これは庭ばかりではないぞ、ここもかしこも、心の中まで重たいローラーでまっ平らにされてきたんだなって。実際我々は、山を削り、谷を埋め、木を切って平らにして、コンクリートで固めてきたわけでしょ。要するに、僕が言いたいのはいろいろなレベルの平準化というのがあって、文化を文化として、自然を自然として元気にしているはずのでこぼこを、われわれはことごとく潰してきたんじゃないか、均してきてしまったんではないか、ということです。平らな庭では気配は育たないし、均質な時間の中では神話も育たない」。

うん、うん、本当にそう思います。
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木の根っこに躓いてみたり、落とし穴に落ちてみたり。段差を駆け上ったり、坂道でバランスをとってみたり。そういうゆたかな感性を育てていくための身体感覚を磨くチャンスが、整地された地面では奪われてしまっている。
それって、なんだかとてももったいないというか、貧しいというか。

毎日の日常だって、人生だって。
すべては変化していて、いい時もあれば悪い時も。

でこぼこな日々、でこぼこな人生。
でも、そんなでこぼこがあるからこそ、気づきがあったり、出会いがあったりして。落ち込んだり、些細なことに救われたりしながらみな、生きているんだと思うのです。

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同じ「今日」という日をいきていても、みんな違っているから、世界はカラフルで面白い。
保育園や幼稚園、学校の庭も、街中の公園も。
なんなら、町中の道路だって、思い切ってでこぼこにしてみたら、なんだか世界はもっと豊かさを取り戻すような気がします。

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画一的で、まっ平らな人生なんてごめんだよって、世界に飛び出していける男の子になるように。
今日も、明日も。
息子と私の遊び場はいつもでこぼこだらけの森の中♪
愛すべきでこぼこに、感謝☆

 

2015-12-03 | Posted in blogNo Comments » 

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