くまとやまねこ

初めて人が亡くなるということを経験したのは、中学2年生の冬。ひい祖母が亡くなった時でした。

その後、ひい祖父、祖父、祖母、大学時代の友人、恩師、年上の友人、父・・・・と、気がつけば両手でも足りない数の大切な人たちを見送りました。

中でも、大学時代の友人は本当に突然亡くしたので、いまでもなんだか頭のどこかで、亡くなったのではなく遠い土地に行ってしまったから会えていないだけ、なんて思っているところがあるような気がします。

 

「くまとやまねこ」は、大切な大切な友人ことりをなくした、くまの悲しみと再生の物語です。

FullSizeRender (2)

「ねえ、ことり。きょうも『きょうの朝』だね。きのうの朝も、おとといの朝も『きょうの朝』って思っていたのに、不思議だね。あしたになると、また朝がきて、でもみんな『きょうの朝』になるんだろうな。ぼくたち、いつも『きょうの朝』にいるんだ。ずっとずっといっしょにね」。

そう話していたことりが、もう目を覚まさなくなって会えなくなってしまった朝。くまは、『きのうの朝』に戻って、小鳥と一緒にいたい、と願います。

くまの悲しみの深さがやわらかなタッチの絵から痛いほどに伝わってきて、胸がいたみます。

大切な人が突然、ひきちぎられるようにいなくなってしまうのは本当につらいし、悲しい。

 

なかなか、ことりの死を受け入れることができないくま。

悲しみに打ちひしがれて、ひとりひきこもってしまいます。でも、時が流れ、ふとある日窓を開けると外はとてもいいお天気で。

熊のこころに、あたたかな陽射しと、心地よい風がふと届くのです。

そして、やまねことの新しい素敵な出会いの中で、くまは小鳥との楽しかった日々を次々と想いだし、ことりはいまもずっといっしょにいるのだと気づきます。

 

亡くした人のことを想うのには、たくさんの時間が必要です。

大事な人であればあるほど。時がたっても、その人がもういないという悲しみは褪せることはないけれど。でも時の力で、残された人はまた歩き出す元気を得ることができる。

時間ってすごいものだな、と思います。

季節が巡るように、人も時の流れの中で気持ちに区切りをつけることができる。ことりをなくしたくまのように。

いつか別れてしまうからこそ、出会いはミラクルで大切なのかもしれません。

いつも一緒の人にこそ、いつも「ありがとう」や「あいしてる」の気持ちを素直に伝えていきたいな、と思います。

笑顔の記憶がその人を支えてくれる、ということもあると思うから。

 

酒井駒子さんのやわらかな、タッチの絵も印象的な1冊。

いのちはとってもはかなくて、もろくて。でもとてもしなやかで、強いものなんだなと生きていることが愛おしくなる。

悲しみと再生、そして希望を教えてくれる、そんな1冊です。

 

2015-03-12 | Posted in おとなのための絵本の森No Comments » 

関連記事

Comment





Comment