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「うまれる」自主上映会開催報告

うまれるメイン

5月10日の母の日に映画「うまれる」の自主上映会を開催しました。

最終的に、100名を超える皆さま(おとな100名+子供たち22名)の来場を頂きました。

ご来場いただいた皆様、お手伝いいただいた皆様、告知などにご協力くださったみなさまに
あらためて御礼申し上げます。ありがとうございました。

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はじめは、1番大切な家族に見てほしいという想いから。そして、自分の住まう地域の方、一人でも多くの方に見ていただきたいという想いで初めた人生初の自主上映会。なにか、自分でもよくわからない、大きなものに突き動かされたような気がします。

今回やってみて感じたのは、決断して行動に移すと不思議となんというか道が開かれていくということ。動いてみることで出会えた方がたくさんいらして、素敵なご縁を結んでいただきました。

いままで蒔いてきた種が、時間を経て今回のタイミングでふと芽を出してきてくれた。そんな感じです。ご縁とタイミングって、大事なんだなぁと、あらためて。

母の日に自主上映会を決めたのは、母の日はいのちと、感謝の気持ちの交換の日だと思うから。「うまれてくれてありがとう」「生んでくれてありがとう」。

シンプルに、その思いを伝え合う日、だと思うのです。

私たちはみな、おかあさんからうまれてきていまここにある。
うまれることも、いまこうして元気で毎日をすごしていることも、ものすごくたくさんの奇跡に支えられたスペシャルなこと。そんなことを思い出すゆたかな時間を過ごしていただけたらいいな、と思いました。

自分も妊娠出産を経てあらためて、いのちはとっても脆いけど、同時にとても強くて。
いのちを感じて生きることは、なんというか人を強く優しくたくましくするな、と感じていて。

今、しんどいところにいたり、悲しいことがあったり落ち込んでいたりしても。
あなたもわたしも、みんな、そんな素敵ないのちなんだと感じてほしかったのです。

いきている、そのことだけで素晴らしい。

どうか、誰かと比べたり、自分をさげすんだりすることなく、その素晴らしいのちのままにのびやかに生きてゆくことができますように。

こころの中に、あたたかな、やさしい光が灯るような時間になっていたらいいな、と思います。

秋ごろに、こんどは2作目の「うまれる ずっといっしょ」の自主上映会も開催したいなと思っています。ご興味ある方は、ぜひ、足をお運び頂けたら嬉しいです☆

ご縁に感謝をこめて。

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2015-05-15 | Posted in blogNo Comments » 

 

栄おばあちゃんからの手紙

 

先日、食をまん中にした素敵な住み開きの場に参加した際、映画「サマーウォーズ」の中で栄おばあちゃんが家族にあてた最期の手紙の話が出ました。

私もとても大好きで、大切にこころのまん中においている手紙です。

これを読むと、食べるってすごいことだなぁ。いのちを頂いていのちをつなぐんだもんな、とかいろいろな想いが湧いてきます。

嬉しいことがあっても、悲しいことがあっても。

人は食べないと生きていけないから。

だからやっぱり、食卓には笑顔があって、立ち上る湯気をみんなで囲みながら「おいしいね」って笑えるような時間と空間であってほしい。

特に小さな子どもたちには。やっぱりそんな温かな食卓を届けたい。

もう少し、子どもの手が離れたら、やっぱりこども食堂やってみたいなぁ。

それが、食いしん坊を育ててくれた我が家の食卓の神様への恩返しかな、ともおもったりするのです。
そして、あったかく、子どもたちを迎え入れられるかわいいおばあになれるよう、年を重ねていきたいな、というのが夢の1つだったりもします^^

 

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★栄おばあちゃんの手紙★ (映画「サマーウォーズ」から)

「家族へ

まぁまずは落ち着きなさい
人間落ち着きが肝心だよ

葬式は身内だけでさっさと終わらせて
後はいつも通りに過ごすこと
財産は何も残してはしないけど
古くからの知り合いの皆さんが
きっと力になってくれるだろうから心配はいらない

これからもみんなしっかりと働いてください
それともし侘助(わびすけ)が帰ってきたら
10年前に出て行ったきり、いつ帰ってくるかわからないけど
もし帰ってくることがあったら
きっとお腹をすかせていることだろうから
うちの畑の野菜や葡萄や梨を
思いっきり食べさせてあげてください

初めてあの子に会った日のことを
よーく覚えている
耳の形がじいちゃんそっくりで驚いたもんだ

朝顔畑の中を歩きながら
今日からうちの子になるんだよ、って言ったら
あの子は何も言わなかったけど
手だけは離さなかった
あの子をうちの子にできる
私の嬉しい気持ちが伝わったんだろうよ

家族同士、手を離さぬように
人生に負けないように
もし辛いときや苦しいときがあっても
いつもと変わらず家族みんなそろって
ご飯を食べること

一番いけないことは
お腹がすいていることと
一人でいることだから

私はあんたたちがいたおかげで
大変しあわせでした
ありがとう
じゃあね 」

2015-04-10 | Posted in blogNo Comments » 

 

The sense of wonder

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たとえ山や森なんかの街から遠い自然の中に行けなくても。

身近にある公園や植物園なんかでも、十分。自然の中にいると大人も子供もなんとなく、生き生きとしてくるような気がするのです。

花には花の、草には草の、樹には樹の在り方があって、それぞれがそれぞれのペースで生きているから。

リミットがない、そんな感じが人を元気づけてくれるのかもしれません。

「沈黙の春」で著名な、レイチェル・カーソンは言います。

「子どもたちの世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく驚きと感激に満ち溢れています。残念なことに、わたしたちの多くは大人になる前に澄み切った洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直観力をにぶらせ、ある時は全く失ってしまいます。
もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力を持っているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見張る感性」をさずけてほしいとたのむでしょう」と。

そして、「知る」ことは、「感じる」ことの半分も重要ではない、とも。

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本当にそうだなぁ、と思うのです。

特に小さい子どもたちを見ていると、やっぱり大事なのは実体験だと思うのです。

雪は冷たいとか土のにおいとか、葉擦れの音を聴くとかたくさんのものに触れて感じて世界と出会ってゆくこと。

その積み重ねの中から、子どもたちはたくさんのことを学び、大人以上に世界を感じて育ってゆく。だから、こどもたちにはたくさん外に出て、いろんなものを見て触って、感じてほしい。

そんな経験はきっと、大人になってからも世界を感じる力になると思うから。

世界は、狭くて広くて、多様で、同じようで。

でもみんな、そのいのちを一生懸命生きていて。たくさんのいのちの連なりで世界は形作られている。

その不思議さと奇跡を感じて自分のいのちも、まわりのいのちも慈しむことのできる感性豊かな人が増えればきっと、世界はもっと美しくなる。

 

2015-03-24 | Posted in blogNo Comments » 

 

旧暦大晦日の夜に

今日は大みそか、なので家じゅうを拭き掃除して空間をきれいにして。
新しい年をお迎えする準備をしています。・・・なんていうとビックリする人もいるかもしれませんね。

今日は大みそか、といっても、旧暦の大みそか。 そう、明日は旧暦の新年なのです。

そして、今年の旧暦新年は、新月だけでなく雨水も重なるなんとなくスペシャルな年明け。

昔から、年の初めはあらゆるものをリセットするタイミングと考えられていて、お節や年飾りなどで縁起を担ぐのも前の年をリセットして、年の初めに佳い運を招き入れるという意味があるのだそう。

新月も同じように、新しい物事を始めたり、リセットするのにぴったりの時と言われています。
旧暦1日は必ず新月と重なるようになっているから、明日は本当に1年に1度のスペシャルな新月なのです。

月の初めが、必ず新月というのも旧暦の素敵なところ。

七夕も、旧暦の七夕は必ず上弦の半月です。その半月が天の川を横切る様子が、月の船で彦星と織姫が会うために渡される、と考えたのですね。

昔の日本人の、月や太陽や、自然に寄り添う感性ってやっぱり素晴らしいなぁ、と思います。

♪時は流れているものを、刻むからこそ無理もでる~♪  と、うたっていたのはBIGIN.

時や季節の移ろいをただの標識にせずに、時や季節に寄り添って自然のリズムで暮らす生活をもう一度この手に取り戻すことができたら。
いま起きているいろんな問題の解決につながるんじゃないかと思ったりします。

だって、人間だって自然の一部なんだから。
自然から離れて暮らしを組み立てようとしたことに、なんだか大きな問題の根っこがあるような気がして仕方ないのです。

今夜は心静かにゆったりと過ごして。
素敵な大晦日と、新しい年を迎える準備、いかがですか?

私は、おひさまみたいにピカピカの金柑をことこと煮ながら、静かな時を持ちたいなと思っています。
kinnkann

素敵な大晦日の夜と、素敵な新年の一日を♪

2015-02-18 | Posted in blogNo Comments » 

 

初天神の日に

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1月25日は初天神で鷽替え神事が執り行われます。

わたしも、早起きして木鷽を授けていただきました。ちょっととぼけた表情が何とも愛らしい。

鷽替え神事とは「 平素私達が知らず知らずのうちに使う「嘘」を、天神さまの「まこと」に替えていただき、正しい幸運を招く意味から初天神の一月二十五日に、この鷽鳥を木彫りにした「鷽」を新しい「鷽」と取り替える神事が「鷽替え神事」です。
もともとは、神棚に供えておいた「鷽」を「替えましょう」「替えましょう」と呼びかけて、手から手へ、取り替えてゆき、凶事をうそにして、幸運に替えることを念願して行われたもので、江戸時代はじめから始まったと云われています。
現在では、凶事をうそにして幸運に替える開運、除災招福のお守りとして多くの方が受けられます。」(湯島天神HPから) というもの。今日はたくさんの幸運が生まれたのかな♪

 

1年に1度、今日だけ授与されるものなので境内は大賑わいでした。

たまたま取材に来ていたケーブルテレビの取材を受けて「鷽替え神事ってどういうイメージでしたか」との質問に「季節の節目、気持ちの節目だと思います」と答えて、ああ、そうだよなぁ、と自分で納得していました。

廻る季節で、自分のこころに区切りをつける。

こういうのってとても大事だと思うのです。1年に1度、今日は今日しかないと身に染みて思えること。

ハレとケとか。旬のものとか。季節の行事とか。

1年の中でたった1回その時にしか出会えないもの、こと、って実はたくさんある。

季節の行事にはむかしの人の智慧や経験がたくさんおりこまれていて、折々に大切なことにふと気が付かせてくれます。

慌ただしい毎日の中に、季節の行事を上手に取り込むだけでも、同じように繰り返す毎日の営みのゆたかさに気がつき感謝できるような気がします。

今年もまた、梅の花が見れること。サクサクと霜柱を踏みしめて歩くことができること。

どれもこれもあたりまえじゃなくて、ありがたいこと。

2015-01-25 | Posted in blog2 Comments » 

 

はじまりの月に

こんにちは。1年の始まりの月、どんなふうにお過ごしですか?

まだ私たちが季節の移り変わりと親しく過ごしていた時代、わたしたちの祖先は月を見上げ、月が新月から満月へと変化してゆく日数を数える方法として太陰暦いわゆる旧暦を用いて暮らしていました。

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その名残が、いまでも残るのが各月の呼び方です。

1月、2月、3月・・・と数字だけ味気なくで呼ぶよりも、睦月(むつき)、如月(きさらぎ)、弥生(やよい)・・・という呼び方のほうが季節に寄り添っている感じがして好きです。

新しい年の入り口、1月は睦月(むつき)。

新しい1年、新年を迎えるための大切な始まりの月。大切な家族や友人たちと睦みあうという意味合いを込めて睦月、と呼ばれるようになったのだそう。

始まりの月に、大切な家族や友人たちと、のんびりゆっくり過ごす。そして、なにより、ずっとずっと一緒にいる自分自身とゆっくり向き合い過ごすことは、とても大切なことだと思うのです。

大人になって、社会人になって。いつか、じぶんの気持ちや想いを心の奥底に閉じ込めていませんか?

1年のはじまり睦み月には、じっくりゆっくりと自分自身の心の奥底をみつめて向き合って。自分が本当に望んでいることはなんなのか、本当に感じているのはどんな想いなのかゆっくり感じて、慈しんで寄り添って。新しい1年を佳きものにしていく準備をしてみませんか。

きっと、とても素敵な1年になると思います。

 

そして、そんな睦み月にスタートしたこのblogとも仲良くお付き合いいただけたら幸せです。これからも、どうぞよろしくお願いします^^

 

2015-01-11 | Posted in blogNo Comments »